第4マンデー・ロングラン・ナイトシアター
麦人独談 タイチャン
2001年5月28日(月)
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とても心に残る舞台を味わった。<麦人独談 タイチャン>のことです。麦人=ムギヒトさんと読みます。タイチャンとは、独特の風貌と存在感が今も人々の記憶に刻まれる俳優、殿山泰司氏の愛称です。
殿山泰司氏は、文章にも才気を発して、読むものを不思議な力で惹きつける文体で「三文役者 あなあきい伝」を書き著しましたが、麦人さんはその作品を自ら構成・演出し「語り」の舞台をつくりあげています。
「和音」での初演にあたる今回、客席には若い人や女性たちが多く、作品のシブサや語りという公演での来場客層としては意外とも感じましたが、舞台を見終わって何か納得するものがありました。悲哀に満ちたタイチャン人生が、麦人さんという演者を通して語られていくのですが、何か暖かい、とても身に染み入るぬくもりがあるのですね。ぼくらが生きる現代、こんなにも心に深く語りかけてくる話や声はありません。
太平洋戦争を体験したタイチャンの話は、悲惨で愚かな戦争というもの、その辛苦をじわじわと胸締めつけるように伝えてきます。でもそこには居丈高な怨嗟や抗議はありません。タイチャンは、戦争を見ているのではなくて、戦争という渦中に放り投げられた人間たちを冷徹に見ているのです。そこにはある意味で人間という生きものに対する諦念があるようにも感じられますが、そこからはペシミズムやニヒリズムの匂いは漂ってこないのです。時に上官たちの滑稽さかげんを鼻で笑い、立場の弱い人たちが命懸けで人間の尊厳を守ろうとする勇気に心動かされるタイチャン。自分の勇気のなさや怠惰を自嘲するタイチャン。でも雑草のように生きると言ったら陳腐な表現になりますが・・・・タイチャンには、踏まれても蹴散らされてもドッコイ生きているという謙虚な力強さがあるように思いました。ダダイストで尺八奏者だった奇人<辻潤>にも合い通じる孤高の魂の響きが聞こえてきます。
民草にして孤高。両者に共通するのは、力を振るわれるのも振るうのもどちらもご免だという気質であり、権力というものを忌避する精神性ではないかとも思います。権力といっても国家だけではありません。権力を行使する世界、傲慢な者たちはどこにでも現われるものですよね。己だけが正しいと思い込み、それを他人に押し付けてくる人間も権力者と同類だと思います。

少し感想が長くなりすぎました。それだけ麦人さんの<独談タイチャン>は、インパクトがあり深く深く引き込まれる世界でした。昨年でしたか・・・・マルセ太郎さんという稀有なひとり芝居の才人が亡くなってしまいとても残念でしたが、麦人さんという語りの役者さんを発見し、新たな楽しみが出来ました。皆さん是非、この独談を体験してみてください。これは観劇するというよりも体験するといったほうが適切だとぼくは思います。

これから一年間に亘って、毎月第4月曜に日暮里「和音」でロングランしてまいります。 声優として<新スタートレック>のピカート艦長や<ゴッドファーザー>のマーロン・ブランドの吹き替えなど多彩な活動が紹介された麦人さんのホームページも充実した内容ですので、そちらの方もぜひ訪問してみてください。

http://www.beagle.co.jp/mugihito/

(鬼楽)

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