音象工房 Live at 和音 vol.3
2001年3月31日(土)
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あるテレビ局の歌番組を二時間ほど見ていてしみじみと思った。日本の大衆音楽もついにここまできたのかという感慨だ。ベストテンをめまぐるしく駆け抜けていく歌、歌、歌…。後から後から新しい曲が、歌い手が、グループが押し寄せてくる。それぞれが聴くものを惹きつけるエネルギーを放散している。曲想、アレンジ、歌詞も新鮮でよく練られている印象を受ける。J-POPと呼ばれるものには、米国音楽シーンをプロトタイプにした模倣の品々が多いが、それはそれで構わないのではないか。他国の文化を吸収して独自のものを作り上げていく、それは歴史が物語っているこの国の特色でもある。時間を要するプロセスの中にあると考えれば、なまじアイデンティティやオリジナリティといったたどり着く先のない迷宮へ踏み込む必要もない。さて、大衆音楽に隠された力とは、売れるということが大衆をさらに扇動する最大の魔術にある。売れるものを世に送り出さなければならない音楽ビジネスと売れるものを欲しつづける大衆がガッチリ手を組む。その相互取引の架け橋はマスメディアである。その表舞台では、まるですべてを手中にしたかのような成功者が入れ替わり、立ち代わり束の間の凱歌を奏でる。いつから音楽が成功への道となってしまったのか。音楽を創るということと売れるということを清らかに切断することはない。しかし売れるということ以外に音楽を通じて夢見ることはあるはずだ。

<音象工房>のステージに聴き入り見入りながら、あらためて音色や響きに感応する、人が持つ繊細な精神性というものに気づかされた。木村俊介の弾く太棹三味線は清冽にして品格があり、速さや正確さだけを誇示するような演奏とは明らかに一線を画する。聴く者を律しながらここちよい音の流れに引き込んでくれる。それはこのグループの持つ音楽性の特色でもある。曲はそれぞれ印象的なフレーズを持ち、且つ奥行きのある音空間をめざす意欲をみせている。マリンバの音色と調べが曲そのものに深みと暖かさを与えている。和楽器と相性の良い楽器だということがよくわかるが、やはりアレンジの妙技であろう。このグループの奏でる生彩に富んだ音色やリズムには「凛」としたエネルギーがあり、それが聴く者をここちよい冴え渡った気分にしてくれるのである。マスメディアから洪水のように垂れ流される音楽、あるいは日常の雑音、雑事そのものから遠く離れ、質の高い「生の音楽」としっかりと向き合えたこの夜のライブは、じつに幸福で充実した時間となった。 (鬼楽)
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